給付・手当
2023年10月創設|社会保険適用促進手当で保険料負担を軽減
厚生労働省公式案内 →
山田
木村先生、うちのパートさんから「社会保険に入ると手取りが減るから時間を減らしたい」って相談が増えてるんです。何か会社側でできる対策ってあるんですか?
木村先生
それ、まさに「106万円の壁」の悩みですね。実は2023年10月20日に厚生労働省が通知を出して、「社会保険適用促進手当」という仕組みを使えるようになったんですよ。
山田
社会保険適用促進手当…名前は聞いたことあるような、ないような。
木村先生
簡単に言うと、新しく社会保険に加入した従業員に会社が手当を出したとき、その手当の一部を「保険料の計算に使う標準報酬月額・標準賞与額」に含めなくていい、という特例です。
山田
え、手当を払っても保険料が増えないってことですか?
木村先生
そうなんです。本人負担分の保険料相当額を上限として、標準報酬月額・標準賞与額の算定から除外できるという仕組みです。会社が保険料負担を肩代わりする分の手当なら、それ自体が新たな保険料の対象にならないんですよ。

山田
なるほど! でも、なんでこんな制度ができたんですか?
制度創設の背景と目的
木村先生
きっかけは2023年9月27日に全世代型社会保障構築本部で決定された「年収の壁・支援強化パッケージ」です。ここで、いわゆる「106万円の壁」への当面の対応策の一つとして打ち出されました。
山田
106万円の壁って、パートさんがよく気にしてるあれですよね。
木村先生
はい。厚生年金保険の被保険者数が一定人数以上の会社で働く短時間労働者は、年収106万円程度(所定内賃金が月額8.8万円以上)になると社会保険への加入義務が生じます。加入すると保険料負担が発生して手取りが減るので、それを避けようと労働時間を抑える「就業調整」をする人が多いんです。
山田
あー、うちのパートさんもまさにそれです。
木村先生
厚生労働省によると、保険料を負担せず扶養に入れる「第3号被保険者」のうち約4割はすでに働いているという調査結果もあって、こうした就業調整が人手不足の一因になっていると指摘されてきました。社会保険適用促進手当は、事業主が手当を支給することで、新たに加入した人の手取り減少を緩和し、社会保険加入をためらわせないようにする狙いがあります。
山田
なるほど、会社側の工夫で「壁」を乗り越えやすくする仕組みなんですね。じゃあ具体的に、いつからこの制度は使えるんですか?
施行日と適用開始のタイミング
木村先生
通知が発出されたのは2023年10月20日(令和5年管管発1020第1号・保保発1020第3号)です。取扱いとしては令和5年(2023年)10月以降に実際に手当を支給する月から、標準報酬月額等の算定から除外できるとされています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通知発出日 | 2023年10月20日 |
| 適用開始 | 2023年10月分以降に支給される手当から |
| 制度の位置づけ | 「年収の壁」に対する当面の時限的・特例的な対応 |
| 見直しの契機 | 2025年に議論が始まった次期年金制度改正の内容を踏まえて検討 |
山田
「当面の対応」ってことは、いつか終わる可能性もあるんですか?
木村先生
この標準報酬算定除外の特例そのものについて、厚生労働省は明確な終了日を示していません。ただし後で説明しますが、労働者一人ひとりについては手当の適用から最大2年間という期限があります。まずは対象になる人の条件を見ていきましょう。
対象となる労働者の条件
山田
この手当、パートさんなら誰でも対象になるんですか?
木村先生
いいえ、条件があります。対象になるのは、標準報酬月額が10.4万円以下の労働者です。新たに社会保険の適用となった人はもちろん、すでに社会保険に加入している既存の従業員でも、事業所内の公平性を考慮して同水準の手当を支給する場合は対象になります。
山田
特定適用事業所じゃないとダメとか、そういう縛りはあるんですか?
木村先生
それが柔軟なところで、支給対象者は特定適用事業所に勤務する短時間労働者に限られません。従業員100人以下の会社でも、新たに社会保険に加入する労働者がいれば対象になり得ます。
山田
じゃあ、標準報酬月額10.4万円以下っていう線引きは、なんでそこなんですか?
木村先生
標準報酬月額が11.0万円以上になると、年収換算で128万円以上になり、保険料を差し引いても手取りが106万円を超える計算になります。つまりすでに「106万円の壁」を越えている人は対象にしなくてよい、という理屈です。
山田
うちの会社、すでに社会保険に入ってるパートさんもいるんですけど、その人たちにも手当を出せるんですか?
木村先生
出せます。事業所内での労働者間の公平性を考慮し、既存の被保険者にも同水準の手当を特例的に支給する場合は、同様に標準報酬算定除外の対象になります。新規加入者だけを優遇すると、既存のパートさんとの間に不公平感が出やすいので、この規定はよく使われています。
山田
なるほど、新しく入った人だけじゃなく、前からいる人にも目を配れるんですね。
対象になる人・ならない人
- 対象になる: 新たに社会保険加入した、標準報酬月額10.4万円以下の労働者
- 対象になる: 既存の被保険者で、公平性の観点から同水準の手当を受ける標準報酬月額10.4万円以下の労働者
- 対象にならない: 標準報酬月額が11.0万円以上の労働者(すでに壁を越えている扱い)
- 企業規模は問わない: 特定適用事業所か100人以下かに関わらず対象になり得る
山田
対象者はわかりました。じゃあ、実際にいくらまで保険料計算から除外できるんですか?
除外できる上限額の考え方
木村先生
上限額は一律の金額ではなく、健康保険・厚生年金保険・介護保険にかかる本人負担分の保険料相当額が上限です。加入する医療保険者の保険料率や標準報酬月額、介護保険料の有無によって、労働者ごとに金額が変わります。
山田
一律いくら、っていう決まった数字じゃないんですね。
木村先生
そうなんです。手当を本人負担分の保険料相当額よりも多く払うことは可能ですが、超えた部分は標準報酬月額の算定に含まれてしまいます。除外できる部分だけを「社会保険適用促進手当」という名称にして、超える分は別の名称の手当にするのが基本的な取扱いです。
山田
名前を分けなきゃいけないんですね。
上限額を決める3つの要素
- 標準報酬月額: 現在の等級によって本人負担分の保険料額そのものが変わる
- 加入する医療保険者の保険料率: 協会けんぽか健康保険組合かで料率が異なる
- 介護保険料の有無: 40歳以上64歳以下で介護保険第2号被保険者に該当するかどうか
山田
じゃあ、この特例っていつまで使い続けられるものなんですか?
適用できる期間は最大2年間
木村先生
ここが実務上いちばん間違えやすいポイントです。標準報酬算定の除外は、労働者ごとに最大2年間という期限があります。
山田
2年経ったらどうなるんですか?
木村先生
2年が経過した後は、通常の手当と同じように標準報酬月額・標準賞与額の算定に含めて保険料が計算されます。2年間の起算点は、社会保険適用促進手当による保険料負担軽減の最初の対象月です。会社ごとに手当を払い始めた時期が違うので、労働者一人ひとりで管理が必要になります。
山田
全員一斉に2年後に終わる、というわけじゃないんですね。
木村先生
その通りです。さらに注意したいのは、2年経つ前でも月額変更(随時改定)によって標準報酬月額が10.4万円を超えた場合は、その月から標準報酬月額の算定に含める必要がある点です。固定的賃金の変動として扱われるので、要件を満たせば4か月目に標準報酬月額が改定されます。

山田
期間の管理、けっこう気をつけないといけなさそうですね。じゃあ、実際に会社が手当を導入するときの流れを教えてください。
事業主が行う手続きの流れ
手順
- 対象者の洗い出し: 新たに社会保険に加入する短時間労働者、または既存の被保険者のうち標準報酬月額10.4万円以下の人をリストアップする
- 手当額の設計: 対象者ごとの本人負担分保険料相当額(健康保険・厚生年金保険・介護保険)を計算し、上限を超えない範囲で手当額を決める
- 就業規則・賃金規程の変更: 常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則(賃金規程)に手当の内容を規定し、労働者の過半数代表の意見を聴いて労働基準監督署に届け出る
- 名称の統一: 標準報酬算定から除外する部分は「社会保険適用促進手当」の名称で支給し、超過分は別名称にする
- 支給と記録管理: 労働者ごとに最初の対象月を記録し、2年経過のタイミングと月額変更の発生を継続的に管理する
山田
就業規則の届出まで必要なんですね、意外と本格的な手続きだ。
木村先生
はい。届出をせずに支給すると、後から不利益変更のトラブルになりかねません。特に2年後に手当を打ち切る場合の不利益変更トラブルを避けるため、あらかじめ一定期間限りの手当である旨を規定しておくことが重要です。
山田
就業規則の変更って、常時10人未満の小さい会社は関係ないんですか?
木村先生
労働基準法上の届出義務自体は常時10人以上の事業場が対象ですが、10人未満の事業場でも、賃金規程や労働条件通知書に手当の支給条件を明記しておくとトラブル防止になります。義務がないからといって口約束で済ませると、後々「聞いていない」というトラブルに発展しやすいので注意してください。
⚠️ 運用でつまずきやすい点
- 本人負担分を超えて支給した場合: 超過分は標準報酬月額に算入され、随時改定の契機になり得る
- 標準報酬月額が10.4万円を超えた場合: 超えた月から手当を標準報酬月額に含める必要がある
- 就業規則未整備のまま支給停止すると不利益変更リスク: あらかじめ「一定期間限りの手当」であることを規定しておく
- 税や労働保険料は対象外: この特例は社会保険料の算定のみに適用され、所得税・住民税・労働保険料は通常どおり計算される
山田
税金や雇用保険料は減らないんですね。
木村先生
そうです。あくまで厚生年金保険・健康保険の標準報酬月額等の算定のみに関わる特例なので、そこは混同しないよう注意してください。
山田
わかりました。ちなみに、この手当をもらうと将来の年金額に影響したりしませんか?
将来の年金給付への影響
木村先生
いい質問ですね。社会保険適用促進手当は標準報酬月額・標準賞与額に含まれないため、厚生年金保険の給付額の算出基礎にも含まれません。つまり、この手当の分だけ将来もらえる年金額が増えるわけではない、ということです。
山田
保険料は増えないけど、年金額も増えない、と。
木村先生
そうなります。あくまで「当面の手取り減少」を緩和する時限的な措置であって、将来の給付を積み増す制度ではない、という点は誤解しないようにしましょう。
山田
なるほど。ところで、この手当と一緒によく聞く「キャリアアップ助成金」って別物ですか?
キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)との関係
木村先生
別物ですが、セットで使われることが多いですね。社会保険適用促進手当を支給する事業主向けに、キャリアアップ助成金に「社会保険適用時処遇改善コース」が新設されています。手当等支給メニューでは、社会保険適用促進手当の支給などによって労働者の収入を増加させる取り組みに対して助成金が支払われます。
山田
これも活用できるなら使ったほうがよさそうですね。
木村先生
ここで一つ注意が必要です。社会保険適用時処遇改善コースは、令和8年(2026年)3月末までに取組を行った事業主が対象とされています。2026年4月1日以降に新たに労働者を社会保険に加入させて収入増加の取り組みを予定している場合は、2025年7月1日に新設された「短時間労働者労働時間延長支援コース」の活用を検討する必要があります。
山田
助成金の受け皿が切り替わるタイミングがあるんですね。手当そのものと助成金のコースを混同しないようにしないと。
木村先生
その通りです。社会保険適用促進手当そのもの(標準報酬算定除外の特例)と、キャリアアップ助成金のコース区分は別のスケジュールで動いているので、両方を確認しながら制度設計する必要があります。
⚠️ 助成金コースの切り替えスケジュール
- 2026年3月末まで: 社会保険適用時処遇改善コースの取組が対象(社会保険適用促進手当を含む手当等支給メニューが利用可能)
- 2025年7月1日新設: 短時間労働者労働時間延長支援コース(2026年4月1日以降に新規で収入増加の取り組みを行う場合はこちらを検討)
- 手当自体の期限とは別枠: 社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外(労働者ごと最大2年間)は、助成金コースの締切と連動していないため個別に管理する
山田
ちなみに、2026年10月に「106万円の壁」の賃金要件がなくなるって聞いたんですけど、それでこの手当はどうなるんですか?
2026年10月の賃金要件撤廃との関係
木村先生
良いところに気づきましたね。2026年10月には、社会保険加入要件のうち「所定内賃金が月額8.8万円以上」という賃金要件が撤廃されます。これによって週20時間以上・2ヶ月超雇用見込み・学生でない、という3要件だけで加入が判定されるようになります。
山田
賃金要件がなくなったら、この手当の「標準報酬月額10.4万円以下」っていう基準も変わるんですか?
木村先生
そこは別物として整理してください。社会保険適用促進手当の対象基準である標準報酬月額10.4万円以下という線引きは、2026年10月の賃金要件撤廃とは別の基準です。賃金要件の撤廃によって新たに社会保険加入の対象になる人が増えても、その人の標準報酬月額が10.4万円以下であれば、引き続き社会保険適用促進手当の対象になり得ます。
山田
なるほど、賃金要件の話と手当の対象基準の話を分けて考えればいいんですね。企業規模の要件もこれから変わっていくんですよね?
木村先生
はい。企業規模要件も2027年10月以降段階的に縮小されていきます。制度がどんどん変わっていくので、そのつど対象者の見直しが必要になりますよ。
基本情報まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 制度名 | 社会保険適用促進手当(標準報酬算定除外の特例) |
| 通知発出日 | 2023年10月20日 |
| 適用開始 | 2023年10月分以降に支給する手当から |
| 対象者 | 標準報酬月額10.4万円以下の労働者(新規加入者・既存被保険者双方) |
| 除外できる上限 | 健康保険・厚生年金保険・介護保険の本人負担分保険料相当額 |
| 適用期間 | 労働者ごとに最初の対象月から最大2年間 |
| 管轄省庁 | 厚生労働省 |
| 関連実施機関 | 日本年金機構 |
| 関連する助成金 | キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース、2026年3月末までの取組が対象) |
| 公式情報 | 厚生労働省ウェブサイト |
山田
こうして整理してもらうと、対象条件と期間管理さえ押さえておけば運用できそうです。管轄はどこに確認すればいいですか?
木村先生
窓口はきちんと整理しておきましょう。
問い合わせ先
- 所管: 厚生労働省(制度自体の内容・通知の発出元)
- 窓口: 日本年金機構 事務センター・年金事務所(実際の保険料算定や届出の受付)
- 相談方法: 全国の相談・手続き窓口から最寄りの年金事務所を確認できるほか、電話での年金相談窓口も利用できる
- 不明点があれば: 個別の適用可否や手当設計に迷う場合は、顧問の社会保険労務士に確認するとスムーズ
山田
最後に、似たような社会保険の制度と混同しないためにも、関連する話も教えてもらえますか?
関連する社会保険トピック
木村先生
この手当と合わせて理解しておきたいのが、そもそもの社会保険適用拡大の流れです。2024年10月から何が変わったのか。社会保険の適用拡大を社長向けに整理したで企業規模要件の変遷を確認しておくと、対象者が今後どう広がるかがイメージしやすくなります。
山田
2026年10月の賃金要件撤廃の話も、別記事で詳しく読めますか?
木村先生
はい、2026年10月 社会保険の106万円の壁が廃止:賃金要件撤廃で何が変わるかと社会保険適用拡大2026年10月改正:賃金要件(月8.8万円)撤廃で新たに加入対象になる従業員の見分け方で詳しく解説しています。今回の手当の対象基準(標準報酬月額10.4万円以下)とあわせて確認しておくと、対象者管理の全体像がつかめますよ。
山田
標準報酬月額の仕組み自体もあやふやなので、そこも復習したいです。
木村先生
標準報酬月額の仕組みと保険料計算:1〜50等級の表で決まる社会保険料の構造を読んでおくと、今回の「10.4万円以下」という基準がどの等級に当たるのかが理解しやすくなります。企業規模要件の今後の縮小については特定適用事業所の該当・不該当届:企業規模要件の段階的縮小(2027年10月〜)で必要になる手続きもあわせてどうぞ。
よくある質問
山田
木村先生、最後にいくつか質問させてください。パートさん自身が手当を申請することってあるんですか?
木村先生
いいえ、社会保険適用促進手当はあくまで事業主が自らの判断で支給するもので、政府から労働者に直接支給されるものではありません。労働者側から申請する手続きはなく、勤務先が制度を導入するかどうかを確認する形になります。
山田
会社によって手当を出す出さないの判断が分かれるってことですね。じゃあ、手当は毎月払わないといけないんですか?
木村先生
いいえ、支給のタイミングや方法は事業主ごとの判断です。社会保険料の支払い開始から1、2か月後にまとめて支給する場合や、数か月分をまとめて支給する場合もあります。ただし標準報酬月額等から除外できるのは、標準報酬月額が10.4万円以下だった月に発生した本人負担分の保険料相当額が上限になる点は変わりません。
山田
なるほど。じゃあ、会社が「うちは手当を出さない」と判断したら、パートさんは社会保険に入れないんですか?
木村先生
それは別の話です。社会保険適用促進手当を支給するかどうかは事業主の任意判断ですが、加入要件を満たす労働者を社会保険に加入させること自体は法律上の義務です。手当を出さなくても加入義務はなくなりません。手当はあくまで手取り減少を緩和するための追加的な後押しだと考えてください。
山田
そこは別々に考えないといけないんですね、勘違いしそうでした。最後に、この特例は今後も続くんでしょうか?
木村先生
厚生労働省は「年収の壁・支援強化パッケージ」を当面の対応策と位置づけ、2025年に始まった次期年金制度改正の議論を踏まえて今後の対応を検討するとしています。制度が変わる可能性はあるので、企業の担当者は厚生労働省や日本年金機構の最新情報を定期的に確認しておくことをおすすめします。